「世界のGDPの約半分が自然に依存している」――この事実をご存じでしょうか?
例えば、農業、水産業、観光業、さらには製造業まで、私たちの暮らしを支える多くの仕事が、自然資源の恩恵によって成り立っています。しかしその自然が、未だかつてないスピードで損なわれています。それは、企業や経済全体にとって、そしてその製品やサービスを通じて成り立っている私達の暮らしにとっても、大きなリスクをもたらしています。
だからこそ今、企業や組織の活動と自然との関係を可視化し、環境への負荷を戦略的に減らしていくことが、将来を考える上で極めて重要です。
こうした背景のもとに誕生したのが、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)です。
TNFDでわかること
TNFDは、企業が自社の自然への依存や影響を評価し、そのリスクと機会を情報開示するための国際的な枠組みです。具体的には以下のような情報を企業が開示するよう促しています。
・自社の事業がどのように自然資本(森林、水、土壌など)に依存しているか
・その事業活動が、自然にどのような影響を与えているか
・将来的な自然関連リスク・機会への戦略
このような情報を開示することで、投資家や消費者、自治体などが、企業の取り組みを評価できるようになります。これは、気候変動に対するTCFD(気候関連財務情報開示)と同様、企業の「見えにくいリスク」を可視化し、対応を促す新しい企業行動の枠組みといえます。
これからのビジネスと自然との関わり
これまで自然は「無料の資源」と捉えられてきましたが、今や自然は「有限で守るべき価値ある資本」として見直されつつあります。
TNFDは、この転換を加速させる一つのきっかけです。企業にとっても、自然との健全な関係を築くことは、単なる社会貢献ではなく、事業の持続可能性や競争力を左右する要素となっています。
たとえば、自然資本への依存が高い業種(農業・食品・観光・化学・建設など)では、自然の変化が直接的に売上やコストに影響を及ぼします。そのため、いち早く自然関連リスクを見極めて対応することは、経営の安定にも直結します。
しかし、IUCN-J事務局や会員団体には、企業や開示に携わるコンサルティング会社、そして現場の自然保護の視点から、様々な意見や課題を指摘する声が聞こえていました。意欲的なケースとそうでないケース、CSRレポートとの違いの中で悩むケース、開示と現場の保全がつながらないのではというNGOの声。自然環境に良いことだけを並べ、本業におけるネイチャーポジティブへの変革に踏み込まない、グリーンウォッシュと批判してもおかしくない事例も生まれそうだとの懸念も一時期生まれました。
そこで、IUCN-Jでは、日本でこれから進む開示が、TNFDの目的であるネイチャーポジティブに真につながるものにしていくため、自然保護をミッションに掲げるIUCN-Jメンバー有志団体でTNFDを巡る議論を行い、「ネイチャーポジティブに資するこれからの自然関連情報開示に向けた5つのキーメッセージ 」として整理しました。
<キーメッセージ抜粋>
ネイチャーポジティブの実現には、社会変革(Transformative Change)が必要であり、あらゆる選択肢・手法を通じて、自然の損失を回避し、回復の取組を社会に対して働きかける必要がある。
開示は目的ではなく、自然の危機や価値を考慮する経営改革を促すためのプロセスである。
自然全体を捉えるべきである
行動は、地域景観レベルで、順応性や透明性を確保し、協働で取組まれるべきである
社会全体で、ネイチャーポジティブ経営への転換を支援する必要がある
市民として、わたしたちにできること
TNFDは企業がネイチャーポジティブに取り組むはじめの一歩です。自分たちの自然に対する影響を整理することで、どのように改善し、取り組むべきかを明らかにしていきます。私たち市民は、TNFDを通じて、その企業が真にネイチャーポジティブに、私たちの生活や未来に向き合ってくれているのか?を見届ける役割があります。早速以下にステップをご紹介します。
1. TNFDレポートを比較して読んでみる
同じ業種の企業2〜3社のTNFD関連レポートを読み比べて、「共通点」「違い」「抜けている視点」などを整理してみる
(例)
飲料メーカー↓
①https://www.suntory.co.jp/company/csr/env_biodiversity/tnfd/
②https://www.itoen.co.jp/sustainability/environment/tcfd/#effort2
通信業社↓
①https://www.kddi.com/extlib/files/corporate/sustainability/efforts-environment/biodiversity/pdf/TNFD.pdf
②https://www.docomo.ne.jp/corporate/csr/ecology/protection/tnfd/
2. 「LEAPアプローチ」を学んでみる
TNFDが推奨する情報開示の手順「LEAP(Locate, Evaluate, Assess, Prepare) 」を簡単に学び、どの視点で企業が自然との関係を評価しているのかを理解する。
3. 個人/ユースの視点でコメントを送ってみる
企業のサステナビリティ部署や問い合わせ窓口に、TNFDレポートを読んだ上での感想・疑問・要望をフィードバックしてみる。とくに建設的な内容は、社内で共有されたり、今後の改善に活かされることも?!
4. 日々の選択にTNFD的な視点を取り入れてみる
買い物やサービスの選択をするときに、企業の自然との関わり方(自然資本への配慮や情報開示の有無)を判断基準のひとつにしてみる。TNFDに沿って情報開示を行っている企業や、生物多様性への取り組みを明示している企業を応援することで、市民としての意思を市場に反映させることができる。サステナビリティ報告書や企業ウェブサイトを見る習慣を持つのも第一歩。
5. パブリックコメントに参加して、政策形成に市民の声を届ける
環境省や経済産業省、国際的な枠組みに関わる団体などが実施するTNFDや生物多様性関連のパブリックコメント(意見募集)に参加し、自分の考えや疑問を届けてみる。難しく考えすぎず、「もっとこうあってほしい」「この点がわかりづらい」といったユースの視点も、政策形成にとって貴重なフィードバックとなる。関心ある仲間と意見を出し合いながら取り組むのもおすすめ
6. TNFDに関わる専門スキルを学び、将来的に実務に携わる
自然資本評価、ESG開示、環境経済学など、TNFDに関わる分野の専門知識を学び、企業や自治体、コンサル、NGOなどで実務として関わる道を考えてみる。
これから企業がより健全な方向へ進むためには、私たち市民も一丸となって、望ましい企業の未来を共に考えていくことが欠かせません。
レポートを読み、調べ、声を届ける――そんな一つひとつの行動が、企業の姿勢や社会の動きを変える力となります。
「自然との共生」を自分ごととして受け止め、主体的に向き合うことが、今まさに求められています。