「今年、ネイチャーポジティブ関連で、国際社会でどんな動きやイベントがありますか?」

こんな質問をされたら、どれくらいの人が即答できるでしょうか。おそらく、ごくわずかかもしれません。

実は、2025年という年は、表立ったイベントが少ない「準備期間」にあたります。現在は、2026年の本格的な国際発表に向けた“試行フェーズ”の真っ只中。専門家のあいだでは、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)やSBT for Nature(自然分野の科学的目標設定)、そしてState of Nature(自然の状態を測る共通指標)といった枠組みで作られたガイダンス等が、どのように機能するかを確かめる「パイロットテスト(試行運用)」が進んでいます。

ちなみに、ちょっと通っぽく見せたいときの模範回答はこうです:
「2025年は、プラスチック条約の採択と、公海生物多様性に関する国連海洋法条約の発効が注目されていますね」もしくは「IUCNの4年に1度開催しているIUCN世界自然保護会議の成果に注目しています」です。
この返答ができれば、かなりの“生物多様性通”と思われるかもしれません。
________________________________________

生物多様性の試行フェーズで進むこと

では、2025年に生物多様性の分野で具体的に何が行われているのでしょうか?

現在、自然に関する情報開示や目標設定、そして自然の「状態」をどう測るかという共通の指標づくりが国際的に進んでいます。たとえば、State of Nature指標は、2024年10月に試行の実施案が発表され、2025年3月にテスト参加企業の募集が開始。5月には参加企業が確定し、11月までを試行調査期間としています。そして2026年には、試行の結果が報告され、実用段階に向けた発表が行われるという驚くほどスピーディーなスケジュールで展開中です。

このスピード感はどうして実現できているのでしょうか。答えは、そう、気候変動分野のおかげです。実は、生物多様性の国際的な動きは、気候変動の成功モデルをお手本にして進められているのです。
________________________________________

気候変動が先に切り拓いた道

気候変動分野では、すでに数多くの国際的な枠組みが確立され、企業の情報開示や行動を後押しするシステムが整っています。

たとえば、気候関連財務情報開示の枠組みTCFDは、多くの企業がリスクや機会を投資家に説明するための共通言語になりました。その流れを受け、生物多様性でもTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)が立ち上がり、自然関連リスクの開示を促進しようとしています。

また、温室効果ガスの削減目標を科学的に設定するSBT(Science Based Targets)に倣い、自然の保全・回復に関する目標を企業が設定するためのSBT for Natureも動き出しています。

他にも、気候変動パリ協定交渉の過程と共に生まれた緑の気候基金(Green Climate Fund)に似た形で、生物多様性条約生物多様枠組み(GBF)交渉の過程で生まれたGBFファンド(Global Biodiversity Framework Fund)が設立されるなど、その影響は多岐にわたっています。

さらに、まだ本格始動はしていませんが、カーボンクレジットに着想を得たネイチャークレジットという新しい概念も登場しつつあります。これは、生態系の保全や回復への貢献を「クレジット」として数値化する試みです。クレジット”市場”の形成までは多くの課題が必要な所ですが、今後の注目分野のひとつです。
________________________________________

真似ではなく“進化”

このように見ると、「気候変動の真似ばかりしているのでは?」と思うかもしれません。確かに枠組みの名前も似ており、制度の構造も重なる部分が多いです。しかし、重要なのは「ただのコピーではない」ということです。

気候変動分野で時間をかけて蓄積された知見や制度設計の経験を土台にしつつ、生物多様性分野の特性(地域性の重視等)を考慮した制度が、より短期間で作られています。

SBT for Natureの導入も同様に、気候分野のノウハウを活かしながら、より多面的な「自然の価値」に対応できるよう設計されています。
このように、生物多様性の国際的なルールメイキングは、気候変動の道をたどりながらも、それを「加速」し、「拡張」する動きなのです。
________________________________________

生物多様性も主役になる未来へ

かつて「気候変動」は一部の専門家の話題でしたが、いまや多くの企業が「カーボンニュートラル」を目指す時代になりました。

同じように、これからは「生物多様性」も企業活動の中心的なテーマになっていくでしょう。

自然を守るだけでなく、自然と共に価値を創造する時代。気候変動コミュニティから学んだことを土台に、生物多様性の未来づくりは今まさに加速しています。ビジネスパーソンも学生も、この動きに“今”から目を向けることで、持続可能な社会を形づくる一員として新しい選択ができるはずです。