これまで数回にわたって、「昆明・モントリオール生物多様性枠組み(KMGBF)」について学んできました。では、こうした世界の目標を確実に達成し、ネイチャーポジティブを実現するためには、私たちは何を意識して、行動すれば良いのでしょうか。

今回は、国際自然保護連合(IUCN)が提唱している「ビジネスのためのネイチャーポジティブ (日本語でもご覧いただけます!✨)」の10原則に注目します。この考え方は企業に限らず、NGO、自治体、そして私たち個人にとっても大切なヒントになるものです。日々の選択や習慣に取り入れることで、公正なネイチャーポジティブアクションへ結び付けていきましょう。

1. 自然の全体性(Nature as a whole)

自然は、生きもの、水、大気、土などがつながりあって成り立つ複雑なシステムです。私たちはつい、森林だけ、海だけといったように部分的に注目しがちですが、本来はすべてが関係し合っています。特定の要素を最大化することに囚われず、別の要素とのバランスを考えて行動することが求められます。

2. 回避と緩和(Avoid and Mitigate)

一度壊した自然を元に戻すことは容易ではありません。まずは自然への影響が出ないよう「避ける」、そして影響を「減らす」、影響が出た分を「補う」という順番を意識することが大切です(これを、「ミティゲーションヒエラルキー 」と呼びます)。これは企業活動に限らず、私たちの暮らしの中にも応用できます。例えば、日々の生活の中で、石鹸を使いたい時、排水をそのまま川に流せば、環境への影響が出てしまいます。まずは、そもそも石鹸を使わないで済む方法や、川に流さずに済む方法を考える。避けられないなら、環境に配慮した石鹸などなるべく影響が小さいものを選んで使用する。それでも残る影響は、水質改善に役立つ貝類の保全や近隣河川の生態系回復で補う。そんな考え方です。

3. 総合的な行動(Holistic actions)

これは、既に行われている取組に、自然にやさしい取り組みを「さらに加える」ことであり、今行っている良い活動をやめるのではなく、さらに発展させる考え方です。自分たちの生活が自然にどんな影響を与えているか、どれくらい自然に頼っているかをしっかり理解し、対応していく必要があります。原材料の調達から製品の提供までのサプライチェーン全体(上流から下流まで)を対象とし、時には、陸や海などの自然環境全体をより良くするような業界全体での協力も求められます。特に、自然と関わりが深く影響の大きい上流部分(例えば原材料の産地など)への配慮が、地域の計画や環境への配慮にもつながる重要なポイントです。

4. 世界目標との整合(Aligned with global goals)

ネイチャーポジティブは世界全体で取り組むべき目標です。日本の消費が世界の生物多様性に影響を与えているように、日本だけでなく世界を意識し、1人の地球市民として取り組む必要があります。世界的に合意された生物多様性保全の目標(たとえばKMGBF)と整合させることで、日本だけでなく、世界の生物多様性を守ることに繋がります。また、科学に基づく測定可能な目標を地域の伝統的知識も取り入れながら設定し、プラネタリ―バウンダリーに沿った取り組みを行うことがポイントです。私たちの小さな選択も、地球全体のネイチャーポジティブに貢献することができます。

5. 主流化(Mainstreaming)

ネイチャーポジティブを実現するには、自然への配慮を「特別なときだけ考える」のではなく、「日々の判断基準のひとつ」として根づかせる必要があります。
企業であれば、自然への配慮は環境担当だけでなく、経営や商品開発、人事や投資判断などあらゆる部署で扱うべきことです。つまり「自然を真ん中に据えた経営」への転換です。
個人にとっても同じです。家族とこの考え方をシェアしたり、自然保護を週末のボランティアや買い物のときだけに限定せず、日々の暮らしのなかに組み込むことで日々の判断基準は変わってきます。これが主流化の第一歩です。

6. 協力的(Collaborative)

自然にやさしい社会(ネイチャーポジティブ)は、一人だけの行動では実現できません。自分が暮らす地域や、関わる人たちの中で、同じ思いを持つ多様なバックグラウンドの仲間を見つけて、一緒に取り組むことが大切です。例えば、地域の活動に参加したり、自然や環境に配慮した商品を選んだりすることで、まわりにもよい影響を広げることができます。また、地域の伝統や知識を大切にし、その土地で長く暮らしてきた人々の声を聞くことも重要です。自然とうまく付き合ってきた知恵を取り入れることが、より良い未来につながります。今後は、リサイクルや再利用を意識したムダの少ない暮らし方や、自然を生かした仕組み(たとえば緑の屋根や雨水利用など)も広がっていくでしょう。

7. 適応的(Adaptive)

自然の仕組みは複雑で、思った通りにいかないこともあります。だからこそ、実際に取り組みを行いながら、成果を見て必要に応じてやり方を見直す「柔軟さ」が重要です。自然の変化をきちんと観察し、効果があれば広げ、そうでなければ改善する。その繰り返しが信頼や成果につながります。

8. 透明性(Transparent)

どんな取り組みをしているか、それがどんな成果を生んでいるのかを、できるだけ透明にすることが大切です。数値で目標を示し、進捗を定期的にふりかえることは、個人にもできる習慣です。たとえば、「毎月〇回、自然とふれあう活動をする」「プラスチックごみを半分に減らす」など、わかりやすい目標を立てて行動してみましょう。

9. 公正(Just)

自然を守る取り組みは、すべての人にとって公正でなければなりません。特に、これまで意思決定に十分に参加できなかった人々の声を大切にし、その暮らしや権利が損なわれないよう配慮する必要があります。私たちも、自分の選択が誰かを不当に困らせていないか、考えながら行動していくことが大切です。

10. 測定可能(Measurable)

自然への影響を「見える化」することが、次のアクションにつながります。効果をはかり、記録し、必要に応じて見直すことが、継続的な改善につながります。身近な自然との関わりについても、日記をつけたり、写真で記録したりすることで、自分の変化や成果を実感できるようになります。

これらの原則は、企業向けに整理されたものですが、私たち一人ひとりにとっても、大切なヒントが詰まっています。たとえば、日常生活のなかで自然との関わり方を見直してみること。企業であれば、環境への影響を「見える化」したり、報告の仕組みを整えたりすること。それぞれができることから取り組むことで、効果的な第一歩になります。
最初から全てに対応することは難しいと思いますが、小さな一歩から始めてみましょう。そうした積み重ねが、ネイチャーポジティブな未来につながっていきます。