はじめに:ウナギの未来を決める“ルール”の話

夏になると話題になるウナギ。けれど今、その未来をめぐって、国際社会で重要な議論が起きています。欧州連合(EU)は2025年のワシントン条約(CITES)締約国会議に向けて、すべてのウナギ属(Anguilla spp.)を附属書IIに掲載する提案を準備しています。

この動きに対し、日本政府は「ニホンウナギの個体数は減っていない」と反論。


しかし、この反論はEUの主張の本質を外しています。

EUの主張は“資源量”より“流通の透明性”

EUの提案の背景には、以下の問題意識があります:
・ウナギ類は稚魚の段階では種の識別が困難
・合法・違法のウナギが流通段階で混ざりやすい
・ヨーロッパウナギの禁輸措置を**他国経由で回避する“ロンダリング”**のリスクが高い
・だからこそ、すべての国際取引を監視可能にすべき

つまり、EUが求めているのは、「国際流通を適正化し、違法取引を封じる制度的枠組み」であり、単に個体数の推移だけを問題にしているのではありません。

Europolの摘発:密輸は現実の問題

実際に、違法ウナギ取引は深刻な問題になっています。2024年3月、Europol(欧州刑事警察機構)は、ヨーロッパウナギの密輸に関与した256人を摘発したと発表。

この密輸網は、EUで採捕されたウナギの稚魚を、航空便や宅配便を使ってアジアへ密輸し、養殖されて再輸出されるという構図を取っていました。

摘発された量はなんと25トン=130億ユーロ。違法取引は年々増加傾向にあることも伝えています。ウナギは“数えるのが難しい”魚であるため、制度と監視の強化なしでは違法取引が温存されてしまうのです。つまり、野生生物犯罪であり、犯罪集団の資金源になっているという問題意識があります。

グリーンピースによる日本市場の調査。重箱ではなく黒箱(ブラックボックス)のウナギ

では、日本国内の流通はどうでしょうか?グリーンピース・ジャパンの調査(2023年)によると、次のような深刻な課題が明らかになりました:

・小売業者の多くが流通経路の把握が不十分
・原産地や種名が「国産」「うなぎ」などの簡略表示のみで、不明瞭
・養殖業者でも、稚魚の出所が不明なケースがある

つまり、。私たちが「国産ウナギ」と信じて買っているその一尾が、違法に輸入された稚魚由来である可能性すら否定できないのです。

CITES附属書IIとは?「取引禁止」ではない

EUが提案しているCITES附属書IIへの掲載は、「絶滅危惧種」としての全面的な取引禁止ではありません。国際取引を合法・持続可能な形で維持するために、輸出国に“許可証”の発行を求める仕組みです。

取引はあくまで可能。
許可証を発行するという手続きは加わるもの、それにより違法なルートを「可視化」すること、グレーゾーンを排除しようというのが附属書IIの意義なのです。

日本の反論は“論点たらず”?

日本政府は、「ニホンウナギの資源量は近年減っていない」として、附属書掲載に反対しています。しかし、EUが問題にしているのは“違法流通の温床となる制度の脆弱性”。資源量の推移だけを根拠に反対するのは、国際的なルール形成に必要な視点を欠いているとも言えます。
むしろ今、日本は以下のような視点で対応する必要があります:
・適正流通の制度整備(輸出入の透明性)
・ウナギ類のDNA識別など科学技術の活用
・消費者表示の改善(原産地や種名の明確化)

生物多様性枠組の目標5「野生種の乱獲をやめよう。野生種の捕獲や取引は、持続可能/安全/合法的に行う。」とあり、種として持続可能かどうかだけでなく、安全・合法かも欠かせぬ視点です。

おわりに:消費者として、制度の担い手として

私たちは「土用の丑の日」にウナギを楽しむ文化を持っています。
けれど、その文化を持続可能なものにするためには、食卓に届くまでの流通の透明性を高めることが不可欠です。

ウナギは今や、地球規模でルールを必要とする生き物。
「日本と欧州が対立しているな」では終わらない視点を持てるようになっていきましょう。